“ノムさん” こと野村克也流、「生き残る」社会人になる方法。

“ノムさん” こと野村克也流、「生き残る」社会人になる方法。

2020/7/14(火)
人材育成

みんさんお早うございます、こんにちは今晩は、フリーターから目指せ正社員、すぃーもーです。

本日は、私の大好きなアスリートに学ぶ、という事で、偉大な選手であり偉大な監督の、

“ノムさん” こと野村克也さんから学んでいきたいと思います。

ノムさんの著書である「生き残る技術」(電子書籍版 / 著:野村克也 発行所:株式会社竹書房) の中から、

誰でも今すぐ実践できるスーパー社会人を目指すべく内容をご紹介いたします。

本はこちら

Kindle版はこちら ※Kindle Unlimited会員の方は無料でご覧になれます。(2020年9月23日時点での情報です。)

  1. 力の劣る弱者が強者に勝つためには。
  2. ピークを過ぎたベテランでも、ピンポイントでなら生き残る術はある。
  3. 他球団を見渡したところ、○○○が一番手薄だったのがホークスだった。

説明不要と思いますが、まずはノムさんについてご紹介。

ノムさんの代名詞と言えば、「ID野球」、「野村再生工場」でしょう。

豪華戦力を有する強敵に対して互角以上の戦いを演じ、勝つ。

そんなチームを率いる野村監督としてのイメージが強いですが、これはノムさんが現役のころから徹底した「考える野球」を基にしたものでした。

雑草魂ならぬ月見草魂で、王貞治、長嶋茂雄といった球史に残る偉大な選手と肩を並べるほどの選手でした。

そんなノムさんは京都府の田舎育ちで母子家庭。家計は決して楽ではなく貧乏だったそうです。

それを裏付けるように、一升瓶に砂を詰めて素振りをしていたというエピソードが紹介されていたくらいです。

当時プロ球団に入る手段はスカウトか入団テストの二択だったそうで、エリートではなかったノムさんは、

学生(高校)時代にお母さんの稼ぎ(要は生活費)の足しにするために新聞配達のアルバイトをされていたそうです。

その新聞で、プロ野球の入団テストが開かれることを知り応募します。

結果は見事合格。しかし二軍スタート。そこから這い上がっての通算試合・安打・本塁打で歴代二位。

そして、史上6人しかおらず、唯一の捕手で三冠王を獲得した偉大な選手です。

※参照:https://news.yahoo.co.jp/articles/abb5a4e347a66a51e304cfcca306aec15ebfe389

いかにノムさんが、才能だけでなく努力でトップに立った選手であったか、

そしてその経験から数々の名選手を育て上げ、常勝軍団を築き上げた名監督であることは記憶に新しいと思います。

そんなノムさんだからこその「弱者が強者に勝つためには」という言葉には、我々社会人が学ぶべきものが多いと思うのです。

1、力の劣る弱者が強者に勝つためには。

ご本人が一軍に定着した3年目、技術も体力も他のメンバーに比べて劣っていたそうです。

そこからキャッチャーとして初の首位打者、ホームラン王、三冠王と、「劣っている」人では到底達成できない記録を

いくつも達成されています。周りより劣っているのひずば抜けた成果をあげる、この成功事例は我々も真似して然るべきです。

「力の劣る弱者が強者に勝つためには、その不足分を『考える』ことによって補っていくしかない。」

野村克也. 生き残る技術 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.147-148). Kindle 版.

結論、自分が選手として試合で活躍する(社会人として仕事で結果を残す)為には、何を補えばいいのかを考え、自分のものにしていく、という事です。

もっと簡単に言うと、出来ることを増やして行けば良いのです。

そして、何を出来るようにすれば良いのかを考えて行動に移すのです。

ノムさんの場合、そのヒントは王さんや長島さんに勝つ為にどうすればいいのか、と、考えるレベルが極めてハイレベルだったと思われます。

ならば我々は、身近な先輩や同僚でも良い。

目指すべき人と自分の位置を客観的に見比べ、自分の位置を上げるには何をどうすれば良いのか、ここを徹底的に突き詰める必要があります。

もしからしたら出世が早い同僚は、「いいお客さんばかり持っているから成績が良い」のかもしれません。

そのような要素もゼロではないと思います。あなたよりも同僚の方が条件が有利なのです。

そしてそれはノムさんも一緒だったのだと思います。

体格、打撃センス、パワー、スピード、さらには家庭環境による練習量の差もあったのかもしれません。

「じゃあ、どうすりゃあいいのか」を追求したのがノムさんなのだと思います。

テスト生として自分がなぜ合格できたのかすら不思議だったらしく、もちろん二軍からのスタート。

その二軍ですら解雇されそうになったそうです(決死の交渉でもう1年チャンスを掴み、翌年見事一軍へ昇格)。

それでも、「どうすれば打てるのか」試行錯誤を重ね、

やがて

「ピッチャーの投げる球種が事前に分かれば打てるということである。

野村克也. 生き残る技術 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.584-585). Kindle 版.

ことに気づき、研究を重ねた結果、ピッチャーの投げる球種を予測して的が絞れるようになったそうです。

チームスタッフにも協力をお願いして各ピッチャーのクセや球種の傾向、自分の打撃の得手不得手を研究。

そうしたデータを加えてバッティングに磨きをかけ、ヒットとホームランを量産していきました。

ぜひご自身の職場に置き換えて、何がどうなれば自分の成果は向上するのか、それを検証していきましょう。

ピークを過ぎたベテランでもピンポイントでなら生き残る術はある。

「戦力外通告」

一度は聞いた事があると言葉だと思います。

チームや所属している組織からクビになってしまう事ですが、ノムさんは他球団でこのような評価を受けた選手を自チームに招き入れ、その選手に活路を与えて復活させていました。

いわゆる “野村再生工場” と呼ばれる、不振に陥った選手たちの劇的な復活劇は、ノムさんのチームの大きな魅力でした。

その手法は一定の法則のようなものが見られ、“ピンポイントで強烈に強みを発揮する”ことで活躍の場をつかんだ選手が多かった印象です。

ゴジラこと松井秀喜選手に対して滅法強い「松井キラー」こと遠山奬志投手や、

オリックスで戦力外通告を受けながら東北楽天へ入団し、後に野村再生工場で一気に息を吹き返してホームラン王と打点王を獲得した山崎武司選手。

(当時、山崎選手は39歳。実に21年目でこのタイトルを獲得し、一軍出場がなかった期間が2年間もあったのだとか。)

山崎選手は、オリックス時代に戦力外通告を受けてから新設された楽天に誘われた時、引退を考えていたそうです。

おそらくその頃は35〜36歳で、年齢や体力的な衰えによって引退しても全く不思議ではありません。

一般社会に置き換えると、定年が見えてきた50代後半に窓際部署に左遷となり、のちにクビになるようなものです。

そんな状況で同業他社から「うちで働かないか?」と誘いを受けたら、「ぜひ!」と答えるでしょうか?

私は、山崎選手が引退を考えるのも至極当然のように思われます。

それでももう一度バットを振ろうと決意された山崎選手のメンタリティにも脱帽ですが、ノムさんが監督に就任してからは、助言を積極的に取り入れていかれ、結果リーグトップ選手に返り咲きます。

それは単なる精神論ではなく、

自分の特徴を知り、それを最大限生かすにはどうしたらいいのか。それを考えていけばいいのである。

野村克也. 生き残る技術 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.192-193). Kindle 版.

自分は何であれば勝負できるのか、どこに勝算があるのか、そこで力を最大限に発揮するためには何をすべきなのか。

そしてこの「自分の特徴を知る」というのが難しい。

客観的に自分のことを自分で理解するのは、おそらくノムさんでも難しいはずです。

だからこそ、他人に見つけてもらう事が重要です。

つまり、人の助言に耳を傾ける、ということです。

他球団を見渡したこところ、○○○が一番手薄だったのがホークスだった。

ノムさんは、実績を上げて厳しい世界を生き残っていくために、自分の好みなどで安易に仕事の環境を選ばないそうです。

大の野球好きであるノムさんの幼少期は巨人ファン。

しかし、憧れの巨人軍の入団はテストには応募せず、南海ホークスのテストを受けています。

その理由は、○○○の答えでもあります、「キャチャーが一番手薄だった」からだそうです。

自らが最も得意とするキャッチャーのポジションで、最も自分が活躍できる球団をピンポイントで狙っていたからこそ、新聞配達中に入団テストの記事を見つけ、応募したのは南海でした。

「自分が一番生かされる(生かしてくれる)環境はどこか?」それをしっかりと考えていくことが大切なのだ。


野村克也. 生き残る技術 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.573-575). Kindle 版.

私たちはついつい趣味趣向で大切な決断を下しているのかもしれません。

それも大事だとは思いますが、自身の実績や成長にフォーカスするならば、自分が最も得意としているもの、

自分が最も力を発揮できる領域に身を置くは当たり前のことです。

自分の好みを満たすことが最大の目的であるならばそれもヨシです。

ただ、ここでは実績を上げる、成果を上げることが最も重要で、好みはなど「どうでもいい」のです。

この話は難しくありません。

求められた環境で目の前にことを精一杯取り組んでいけば良いのです。

〜最後まで読んでくださり、ありがとうございました〜

いかがでしたでしょか。

球史に残る偉大な選手にして、偉大な監督、野村克也さん。

残念ながら2020年2月にお亡くなりなってしまいましたが、そのご意志は現在のプロ野球界の確かに引き継がれています。

セ・パ12球団のうち、実に5つの球団の監督が、ノムさんの教え子です。

歴代、二軍監督、コーチも含めると実に多くの方々が、引退後も野球界に身を置かれ活躍されています。

野球選手を育てる以前に、人を育てる、それが野球の発展にも繋がる。

この野村流野球哲学が、今後の日本の野球界を引っ張っていくこと間違いありません。

そして明日からは、野村哲学を私たちの職場に置き換え、日本社会を底上げしていきましょう。

↓ノムさんの書籍↓

↓Kindle版↓

当ブログでは、私が起業を目指して失敗を繰り返し、肉体労働のアルバイトで一から出直した学びをアウトプットしています。

また、大好きなプロアスリートの考え方を学び仕事に活用することで、私もア(ルバイト)スリートを目指しており、そこから得た経験を記事にしています。

その他の記事も、ぜひご覧いただけますと幸いです。